音楽がグンと成長していることを、1番から順追って聴いているとこの5番に来た時に感じます。違和感を感じるほどだけど、ただの成長だけではない、この違和感は何だろう。
長いトリルの出だしにはドビュッシーを予見させます。イントロ当てクイズをしたらドビュッシーの「喜びの島」か、と思い違いをしそうな程似ていると思いませんか。技術的にも要求するものが大きい分、内容もとても充実しているショパンのワルツ中の最高作とされています。マジョルカ島は孤島のようなところに暮らしていましたから、「雨だれ」の前奏曲のエピソードにあるようにサンドや子どもたちが買い物に出てあまりにも帰宅が遅いし降り続く雨に、途中で事故でもあったのではないかとやきもきするようなことはあっても来客に気をとられる心配はなくてバッハの「平均律クラヴィーア曲集」の楽譜と向き合う時間が充分に取れたことでしょう。
バッハの「マタイ受難曲」の自筆譜から楽器同士の調和を学んだメンデルスゾーン、バッハの末子が持っていた楽譜からフーガを習得したモーツァルト。ショパンは「平均律クラヴィーア曲集」から調和の整った自然な音楽の運ばせ方を自分流の表現方法に昇華することが出来ました。
「ワルツ第5番」は楽譜によっては「大円舞曲」と題されています。「鑑賞する円舞曲」としてだけではなくて、1番、2番、4番に続いて実際に踊るのにも向いているように作られているショパンのワルツの最終的解答と言える傑作です。左手は三拍子、右手は二拍子の早いパッセージは洗練の極み。パッセージとパッセージの間に浮き沈みするなんとも優美なメロディーはシック。その究極のロマンにただただ聞き惚れて下さい。楽譜の献呈者は記されていません。
1839年にショパンの音楽は飛躍的に高度になります。この成長の程は、1番、2番、3番・・・と番号順に聴きすすむと突然別の世界に迷い込んだようになります。作曲された時期に開きがあるのでこういう感じ方になるのでしょう。アレクサンダー・ブライロフスキーのSP録音を1950年にRCAからLPレコードとして発売される時に、通して聴いて自然に楽しめるようにこの「ワルツ第5番」は8番の後に置かれました。
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